私は地方移住にあたり、横浜の新築を購入後2年で売却しました。
理由は新築を購入した動機が薄すぎて、圧倒的に計画不足だったからと、高く売れるから損はしないという期待があったからです。
事実、私は売却で利益を得ました。これはかなり運がよかったと思います。
インスタにも結論を書いていますが、3180万で購入した物件を3880万で売りました。
購入時も売却時も手数料がそれぞれ150万程かかってますが、それなりの利益を得ています。
なぜそんな経緯になったかというとことの発端は数年前にさかのぼります。
父が逝去し、高齢の母がいよいよ一人暮らしになってしまったのと、私の2回目の出産が重なったタイミングでかねてより「この家はあなたにあげるね。」といっていた母の言葉を10数年以上信じていた私は(というか、結婚当時父は2世帯を建てようとしてたくらいなので本気だったと思ってる)母と同居生活をすることにしました。
が、これが圧倒的にうまくいかなかった…のです。
要因はいろいろありますが、圧倒的に2世帯じゃないところに一緒に住むにはきつい。
多分これにつきます。
空間って大事、逃げ場って大事。
そして、実母ともめるのは本当につらい。
1年間考えた末に私は家を出る決意して家を購入することになりました。
とはいってもその時点ですでに40手前。
大きなローンを組む度胸もなく、母が大往生するまでの間だろうし、中古マンションでも買うか~なーんって思ってたのです、が、、
その当時2020年1月、東京オリンピック前で中古マンションは値上がりしていて売り手市場。
あっという間に売れていくのでなかなかよい物件がなく。
そんな時に出会ったのが、80平米の3LDKの2階建てのデザイナーズ物件でした。
80平米の2階建てのデザイナーズはマンションのようなサイズ感でLDK13畳、7畳、5畳、5畳の居室でそこそこ暮らしやすい場所でした。
またラッキーなことに旗竿地と擁壁(県の建物)に挟まれて誰からの視線も気にならない裏地(30平米ほど)があり、コロナ禍で外に遊びに行かせられない際などはプールを出したり、ちょっとした遊びをさせたりとかなり活躍していました。
ただ、住んで半年くらいで将来のことを考えると「死ぬまで住む家ではないな」ということを強く痛感するようになりました。
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そう考えるきっかけになったのは私の父が脳腫瘍で半身不随となり車いす生活を与儀されなくなったことに起因します。
この狭いLDKに若い男の子が2人成人したときに暮らすのに足りる空間だろうか?
また、若い時はいいけれど、自分が老いたとき2階まで元気に登って生活できるだろうか?
※旗竿地は緩い坂になっており、自分の家に入るまでにも4-5段階段がありました。
万が一車いすになったときには家まで入れないんじゃないか?
そう考えるとやはり死ぬまで住む、ということは考えらず、子供が成人したら中古マンションを購入するか?なども考えたのですが、いまいちしっくりきませんでした。
そんな時世の中はコロナ禍。不動産はどんどん上昇し、近隣の不動産相場はざっと同じサイズの物件でも500万程度は上がっていました。
旦那は転勤ありの会社ですが、栄転があるとすれば幸いにも旦那の地元になります。
そこで自分の中で考えた末、旦那に「もし5年以内に旦那地元に転勤があったら家を売却して旦那の地元に家を手直してはどうか?」という提案をしました。
そう行き着いたのには複数の要因がありますが、1つは私が完全テレワークの仕事で遠隔地勤務が可能だったこと。もう一つは単純に私が旦那の地元が好きだったのです。
また5年以内であれば家の価値としてもそこまで下がらないのではないか?というなんとなくの予想もありました。
私は親が3回マンションや家を購入し、2回売却した経験を持ちます。(父が転勤族でそれに伴い流動的に動いていたため)
このため「家も住み替えてもいいもの」という考えが心のどこかにあったんだと思います。
ただ、旦那は生まれてこの方家はずっと同じところにあるのが当然だし、自分の家は自分死ぬまで同じ家にあること…を疑わないので、せっかく買ったのに売るの?という疑問や、子供の環境が途中で変わるのはよくないと思うという、正論で私としばらく議論をしました。
そして長く話した結果、「子供の影響が少ない範囲=小学校に上がる前に、地元転勤の話が来たら受けて一緒に引っ越そう」という結論に至りました。
そしてそこから1年後、チャンスは本当に唐突にやってきました。(続)
